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京都高低差崖会

京都高低差崖会は京都の凸凹地形を探索しています。平地ではいられなかった、高低差が生まれてしまった、京都ならではの「まちの物語」「土地の記憶」を読み解いていきます!

「橋跡」の発見:道路の起伏と「小川」旧河道

上御霊前通と小川通の交差点(上御霊前通小川西入ル)に、道路をまたぐ高低差を見つけました。交差点を挟んで、上御霊前通と小川通の両方でゆるやかにカーブを描く起伏が道路に生まれています。

ほかによく見ると、上御霊前通の道路端にコンクリートの奇妙な物体もありました。道路に生まれた高低差と路傍のコンクリート物体、これはいったいなんでしょうか?

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● 写真:道路(上御霊前通小川西入ル)の高低差


● 地図で確認(Googleマップ

小川通は「小川」だった

小川通にはその名の通り、かつて道路に沿って「小川」という川が流れていました。上賀茂で鴨川から分かれて、最後は有名な一条戻り橋の地点で堀川に注ぐ河川でしたが、昭和30年代に暗渠化してしまったそうです。

ちなみに「小川」は京都の旧河道のなかでは比較的有名な川なので、その存在を知っている方も多いと思います。「小川」は京都の上京地域を南北に貫くため、歴史的な資料にも登場機会が数多いからでしょうか。

たとえば、狩野永徳筆で名が知られる国宝「上杉本洛中洛外図屏風」にも、左隻の中心を横切るように「小川」の姿がしっかり描きこまれています。

上杉本洛中洛外図屏風(左隻)
● 図:「上杉本洛中洛外図屏風」(左隻)に「小川」の姿

このような次第で僕を含めて、京都の旧河道ファンの間でも人気のある川のひとつです。ただし、今回発見の高低差&コンクリート物体は、まだ書籍でもインターネットでも紹介されたことはないみたい。気になりますね。

古地図で見てみよう

というわけで早速、戦後まもなく(1950年前後)の京都を描く「京都市明細図」で見てみましょう。目当ては、今回ご紹介した上御霊前通と小川通の交差点です。暗渠化される前の「小川」が描かれているはず。高低差とコンクリート物体の正体も明らかになると期待しながら……。

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● 図:京都市明細図(小川の流路を着色しています)

京都市明細図で確認すると一目瞭然、上御霊前通と小川通の交差点には「橋」が架かっていました!

旧河道を探索していると、「橋跡」のポイントについて目利きが付いていきます。なぜなら、一般的に橋上は付近の道路に比べて高さが増すことが多いため、川の消失後も橋跡が道路上の起伏として残りやすいのです。今回発見の高低差も、まさに「橋跡」ならではの起伏なのでした。

コンクリート物体の正体は?

次は道路端のコンクリート物体です。これもよく見ると、道路(上御霊前通)の両端に似たようなコンクリートの物体が一対配置されています。

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● 写真:道路北端のコンクリート物体

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● 写真:道路南端のコンクリート物体(鉄骨露出)

これはまさしく、橋本体の遺構ですね!

旧河道ファンの間で最も興奮度が高いとされる(たぶん)、「橋本体」の遺構がこのコンクリート物体の正体でした。片方(道路南端)にはちゃんと、かつて橋の構造材だった鉄骨も露出しています。道路両端に設置された橋の構造物といえば、欄干の基礎部分でしょうか。これはもう、橋遺構で疑いの余地はありません。すばらしい!

橋の名は「扇橋」

京都市上京区の広報誌『上京 史蹟と文化』を見ると、かつて上御霊前通を通過する「小川」に橋がかかっていたとの記述がありました。

小川は大応寺と扇町児童公園の東端を南流していました。上御霊前通には扇橋が架かっており、当時、扇図子と呼ばれていました。
『上京 史蹟と文化』vol.34 p4

誌面には橋の遺構が今も残っているとは記されていませんが、どうやら今回発見の橋跡はかつて「扇橋」と呼ばれていたようです。また同時に、小川通(東)~堀川通(西)の間の上御霊前通が、かつては「扇図子」という通り名だったことも分かりました。

さらに古地図を見てみよう

気になってきたので、先ほどの「京都市明細図」よりもずっと昔の古地図で確認してみましょう。さらに時代をさかのぼって、江戸前期の「京大絵図」(貞享3年・1686)を見てみます。

京大絵図(きょうおおえず)とは
6000分の1。新地開発以前の状況わかる。実測の縮尺ではないが、従来より飛躍的に町並み詳しくなった。図の余白に公武の知行、寺社縁起、名所旧蹟の解説を盛り込み、地誌名所記の図示化・視覚化を施した観光図でもあった(筆彩5色)。
国際日本文化研究センター 所蔵地図データベース

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● 図:「京大絵図」にも描かれた「扇橋」

江戸前期の「京大絵図」にも「あふきのづし」(扇図子)の通り名と一緒に、今回ご紹介の全く同じ地点に「橋」の表記がありました。「扇橋」の名前は「扇図子」という通り名から由来するようですね。また橋の存在が少なくとも江戸前期にまでさかのぼることも確認できました。

上京の中心で「小川」を探す

今回発見の「扇橋」遺構を通じて、改めて「小川」の存在が僕のなかでクローズアップされてきました。やはり京都の中心であり、中近世まで日本の中心の一つでもあった、「上京」を流れた旧河道ならではの深みが「小川」にはありますね。

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●「おがわくん」です。

実はここ数年、個人的に「小川」の旧河道探索が日常化していたこともあって、今回ご紹介した「扇橋」の他にも、まだまだ魅惑的なポイントが山積みです。旧河道ファンはもちろん、高低差ファンの皆さんにもきっとお楽しみいただけるはず。

今後、「小川」はシリーズ化して追い求めていけたらと思います。
今回は第一弾ということで。高低差&旧河道に幸あれ。
(梅)

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